Creator’s Lounge/『ようこそ!FACTへ』魚豊氏×蓮見翔氏対談

累計10万部突破!!
『ようこそ!FACT(東京S区第二支部)へ』第3巻発売記念!!
著者 魚豊氏 × ダウ90000 蓮見翔氏、稀代の若手クリエイター同士のクロストーク!!

 各界で話題沸騰中、唯一無二の“陰謀論”דラブコメ”漫画『ようこそ!FACT(東京S区第二支部)へ』。前作『チ。―地球の運動について―』はアニメ化を控え、デビュー作『ひゃくえむ。』は映画化が決定するなど話題に事欠かない魚豊氏だが、陰謀論という未知のテーマに挑戦をした背景にはどのような想いがあったのか。
 同い年で旧知の間柄であるという、大人気コントユニット・ダウ90000の主宰・蓮見翔氏とともに、漫画とお笑い、そしてエンタメ全体を独自の視点で見つめ直していく。

【プロフィール】
魚豊(うおと)

2018年、『ひゃくえむ。』(講談社「マガジンポケット」)で連載デビュー。
2020年から、『チ。―地球の運動について―』(小学館「ビッグコミックスピリッツ」)を連載。
同作が「マンガ大賞2021」第2位、宝島社「このマンガがすごい!2022」オトコ編第2位にランクインし、第26回手塚治虫文化賞(朝日新聞社主催)のマンガ大賞を受賞。
2023年より、『ようこそ!FACT(東京S区第二支部)へ』(小学館「マンガワン」)を連載。現在は完結し、アプリ上で掲載中。

蓮見翔(はすみ しょう)

1997年4月8日生まれ/東京都出身
日本大学芸術学部映画学科卒業。
ダウ90000主宰。脚本家。演出家。
第2回演劇公演『旅館じゃないんだからさ』、第5回演劇公演『また点滅に戻るだけ』では、岸田國士戯曲賞の最終ノミネートにも残り注目を集める。
レギュラー番組
テレビ朝日『ダウツーマン』(毎週月曜26:34〜26:54)
JFN系列『AuDee CONNECT』(毎週水曜26:00〜28:00)


※この記事には9月発売予定の単行本第4巻に収録予定の内容が含まれます。


●二人の下積み時代

魚豊氏(以下敬称略):お久しぶりです。 実は今作を担当してくれている編集の轡田さんは蓮見さんと大学時代からのお友達なんですよね、いろいろな縁もあり仲良くさせていただけてありがたいです。(単独公演が間近で)最近はお忙しいですか?

蓮見翔氏(以下敬称略):お久しぶりです。今は稽古場と家を往復する毎日ですね、アイデアもまだ出ていないネタがあるので、散歩しながら考えています。

「マンガワン」轡田:今日はよろしくお願いいたします。さて、20代にして大勢のファンがいらっしゃるくらい活躍されているお二人ですけど、お二人にもいわゆる下積み時代があったわけじゃないですか。魚豊さんだと持ち込みに行った編集部で漫画のいろはを教わっていたり、蓮見さんだと原宿で漫才をやっていた時期があったり。そういう今と違った形で活動していた時期のことって、現在の視点から見るとどう思われますか?

蓮見:当時は「合ってると思うんだけどな」とずっと思っていた感じというか。まわりの人のネタを見て、「ウケるけど、やる意味なくない?」「全員ウケるだろ、こんなの」みたいなことが多くて。演劇だったら、メッセージ性至上主義。「うーんそうか…」と思いながら、でも評価されないから自分の考えは違うのかなとも思っていて。けれど、「たぶん合ってるから、ちょっと一回やってみよう」と思ってダウ90000を組んで。知名度が上がったら、同じことをやっても褒められるようになったんですよ。でも、当時の俺が間違っていたこともたくさんあるから、その取捨選択がちゃんとできる人が早く売れていく、っていう現実はあると思うんですよね。

魚豊:謎ですよね、なんでできたんだろうって。

轡田:それはご自身がですか?

魚豊:そうですね、僕も似たような経験はあって。間違ってないという確信はあったんですけど、技術的なこととか細かいところは当然違っていて。今でも勉強中ですが、その取捨選択の難しさがある中で、どう改善すればいいんだろうと。今、自分がやっていることはどれくらい再現性があって、この感覚を人に伝えたり、教えたりできるのかなと。そういう「峻別」自体はどのくらいマニュアルにできるのか、ってずっと思ってるんですよね。


●売れるために必要なのは「覚悟」と「堂々とした態度」

轡田:お二人ともさまざまなアップデートはしつつも、その道を志したときの感覚を信じ続けていたんですね。そこからさらに人気を獲得された中で大切だと感じたことはありますか?平たく言えば、売れるための秘訣、のようなものといいますか…

蓮見:俺は覚悟が決まっていてネタが面白い人だったら、絶対に売れさせてあげられると思うんですよ。売れるにはどうしたらいいか聞いてくれることがあるんですけど、「毎月コントライブをやる」とか「これ 1 本でまずやらないと無理だよ」という覚悟の話をした時に、「でも…」みたいなことを一回でも言われちゃうと、まだ無理だなと思っちゃうんですよ。「あ、うん、だから…」って…。

魚豊:こう聞くと同意ですけど、ストイックな人しか残っていけない時代のつらさもありますよね(笑)。やっぱり当面の日本に余裕がなさそうですし。

蓮見:でも、できる範囲で堂々としていたらかっこいいんですよ。そこでちゃんとウケれば、 そこにはお客さんがいるし。たとえば、年に一回しか新作が下ろせないんでも、そのネタ1本でその年の賞レースに賭けるとか。それにクオリティが追いついていて、あとは本人が堂々としていれば、絶対ファンはつくんですけどね。
そうではなく、どうでもいいところでウケたおして、ギャラ500円もらって帰ってくる…これだと、どんどん自分が嫌になっちゃうと思うんですよね。

魚豊:できる範囲で堂々とするって大事なことですよね。 昔と比べたら社会も一見平等に見えるし、技術が発展して、メタバース、AI…。なんでもできます、なんでもなれます、って拡張されまくった時に、翻って、「現実でできない自分」というのを無意識下にずっと突きつけられてるというか、こう言うと矛盾みたいですが、バーチャルな全能感と比例して虚無感、無能感も同時に増し増しになってるのが昨今の感覚な気がして。でも、当然ですけど人間は本来なんでもできるわけじゃない。けど、何もできないわけでもない。自分を含めてこういうのを忘れがちになっている気がする。 さらに別の問題として、“なんにでもなれる”って発想は“じゃあ自分は何になりたいんだろう” って問いとセットになる。そうすると“こうなりなさい”と、何かしらのロールを示せる推しやカリスマが必要になる。けど、その対象の相手も人間だから日々変化する。そこで「こういう人を求めてたら違かった」と他者や自分、世界や社会に対して蛙化現象が発生する。それらの現象に対しても、さっきおっしゃられた「できる範囲で堂々とする」っていう姿勢を持つことが今、大事な姿勢だなと思いました。

轡田:お笑いの話に戻るのですが、元々カリスマ性があって堂々としていた人が覚悟を決めたんだな、というのがわかる瞬間がとても好きで。最近だと牛女(フリーのお笑い芸人)さん。直近までひと月にコントを 10本下ろすっていうライブをやっていて、これはまさしく蓮見さんの言う「覚悟」の行為ですよね。実際に最近はどのネタを見ても、奇抜な設定が先行していた頃を超越してただひたすら面白いんですよね。

魚豊:え!牛女さん、今そんなことになってるんだ。

轡田:最近のネタはもう、ウケないわけがないというか。ツッコミ方やボケ方一つ一つが、今までももちろん面白かったけど、その頃とはまったく違うように感じます。

蓮見:体重が乗った覚悟がありますよね。体重が乗るってこういうことなんだって思わされます。

魚豊:そうなんだ、学生時代の自分に言ったら驚かれますね(笑)。

蓮見:結局、かっこいいものを見つけたいんですよね、みんな。今はどんなコンテンツも売りきる前に「こんなの今まで他にやった人がいるでしょ」っていう意見や雑味が入ってきて、誰も突き抜けなくなってきてる。だから得体のしれない状態である程度のところまで出ないと、もう評価してもらえなくなってる。過去に見てきたものや教科書が多すぎて、こう評価すればいいんだ、ってわかっちゃってるから、それが通用しないような変な状態で出たほうがいいな、っていうのはあると思います。自分でやってみて思いました。

魚豊:確かに、本来大人数のコントユニットって、めっちゃ変ですもんね(笑)。


●リスキーでも“オリジナルの面白さ”を目指す理由

轡田:「変な状態」で言いますと、魚豊さんは、徒競走や地動説、そして今作の陰謀論と、今までにないテーマを世間にぶつけてきて。蓮見さんは演劇から出てきたコント団体として、よくある進路ならNSCに入ったり、いろいろと別の道もあったところを、異色の経歴でデビューしていますよね。大コケする可能性があるというか、もうちょっと安全に、すでに売れているものに追随する選択肢もあった中、リスキーなほうを取った理由はなんなのでしょう?

蓮見:コレに関しては魚豊さんと違うと思うんですけど、俺は「だってウケてるんだもん」っていうのがあったんです。「漫才をやってた頃、まわりにこんなにウケてる奴がいなかったぞ」と。数で言えば30人くらいだし、自分らのお客さんだとはいえ、明らかに何かがおかしくて。これがこのまま萎むことはなくて、一回世の中に出て、成功するかめっちゃ叩かれるか、どっちかだろうな、と。だから初めて大きな舞台に出してもらった時が緊張のピークでした。他の芸人さんを目当てに来てる人もいるから、これでダメだったら、また基地に戻ってお客さんと一緒に考え直さないといけないんだと思ってたので。そこが割と評判が良かったから、これはちょっとこのままいけるんじゃないかと思っていました。そこはないですもんね、漫画には。

魚豊:僕は”ウケる”確証は全然ないんですけど、なぜ選んだかに対する明確な答えはあって。僕、死ぬので。だったら好きなことをやる、っていうのが理由です。僕の中で死ぬっていうのが大きすぎて。売れても売れなくても死ぬんだから、好きなことをやって死んだほうが良い。それはずっと、高校の頃から思っていました。 それと、当時は今以上に生意気だったので「自分に向けて描かれているな」と思えるものが少なかった。なので逆説的に自分がやりたい方向性を見つけていけたのかもしれないです。

蓮見:一発目『ひゃくえむ。』を描きはじめてから、作品が世に出て何かしらのリアクションをもらうまではどれくらいの期間があったんですか。

魚豊:その間がめちゃ地獄で。ネーム描いてから世に出るまでは、煩悶というか。ある日は自信があって、次の日は死ぬほど自信がなくて、次の日は100%行けると思ってて。そういう上下を繰り返してる中で、デビュー作の1話が掲載されたのがアプリだったんですけど、それが載る前日には自分の世界が変わるんだと思って。この漫画はマジで良い!明日とんでもないことになる!と思っていたんですけど、起きたら何もなくて。コメント数も全然なくて。そこの挫折が大きかったですね。現実を知るというか、別に世間は粛々とやっていくんだと。

蓮見:面白くても、面白くなくても、世の中は動いてないんだ。

魚豊:もちろん僕にめちゃくちゃ問題があったんですが(笑)、話題にならないんだ、と思いました。けれど、最後まで描き切れて、いまだに好きな作品です。例え売れなくても、自分が満足したら、これくらいの満足になるんだっていう経験があって、それは大切なものになっていますね。


●最近のエンタメは「刺激を求めすぎている」?

蓮見:Spotifyみたいなのはできないんですかね、漫画は。

魚豊:今はどの作品がどの媒体に載っていてもいいように見えてしまいますよね。「この雑誌にこの作風は変」っていうのが今はほとんどない。

蓮見:テレビとか漫画雑誌って、偶然好きじゃないものに出会っちゃう瞬間があるじゃないですか。でも、誰かがまったく見たことがなかったものに衝撃を受けて、その衝撃を忘れられない人がまた別の見たことのないものをつくって…。そういう構造があるとコンテンツはどんどん面白くなるじゃないですか。そのきっかけになる違和感がこれからはもうないかもしれないと思うと寂しいですよね。テレビだと『バラバラ大作戦』がそうならなさそうで、『がんばれ地上波』が終わっちゃって、アイドル番組が残っていって。

轡田:お笑いでもその現象は表面化してきていますよね。大衆ウケする王道のパターンがあって、それに対する逆張りとか裏笑いとか、王道から一歩出た派生が今ホットになってきていますけど、どうしても最初から変すぎて、それだとスケールしきらない。パイが小さすぎることに気付かれてしまって、ブームや社会現象にはなりようがないくらいの活動に収束してきている。ファン目線でアツい人選をしてくれる番組があっても盛り上がりきらない、というのがバレてしまったグロテスクさが今はありますね。

蓮見:プラス良くないのが、アイドルが悪者に見えはじめちゃってもいる。人気がある人が人気を得ようと頑張っているんだからいいだろ別に、っていう(笑)。

魚豊:書き手のせいか、それを世に出す人のせいか、それを見ている人か。どの分野にも言えることですが、三すくみですよね。しかし、逆に良かった時代があるのかな。

蓮見:純粋だった時代じゃないですか?面白すぎるものに夢中になっている時の。 お笑いが生まれた最初の2、3年がそうだと思うんですよ。お金になるとか、ライバルがいるとか、そういうのがなかった最初だけ宝物だった。バラエティ番組の企画とかでもそうじゃないですか、1回目があり得ないくらい面白いんですけど、2、3回目がウケない。

魚豊:まさにそうだと思います。しかし同時にそれは人間の根本にある罪ですよね。純粋さと刺激は似てる。それを求めてしまうのが競争だし、それは過激化とか暴力と近いところにある。しかし、純粋を求めつつ、平和に、共存する。刺激的で競争する平和、というモデルもあると思いますし、“熱”を維持したままでいる平和という可能性もあり得るとは思います。それは目指したいところです。とはいえ過激で暴力で最悪なものが見られるのもフィクションの良さの一つでもあると思いますが。

蓮見:それで言うと僕も、演劇は見たことがない、というお客さんが多かったおかげで、熱のあるお客さんが多かったんですよね。

魚豊:「こういう面白いものがあるんだ」と提示してくれるのが、僕の好きな作り手の姿勢なんですが、それが蓮見さんとかにはすごくありますよね。ネタの単位でも動きの単位でも。

蓮見:3回目の演劇公演の手前にM-1があって、初めて女子4人と出たんですけど、その時期の演劇のウケ方が異常だったんですよ。たぶんお笑いから、初めて演劇を観る人がいっぱい来ていたからなんでしょうね。


●お互いの作品について

轡田:旧知の間柄であるというお二人ですが、お互いの作品もそれぞれご覧になっているんでしょうか?

魚豊:蓮見さんの脚本だと、特に『また点滅に戻るだけ』が好きで。全体を貫くテーマとして「他人からの影響をどう自分の中で受け止めるか」というのがありましたよね。作中では、元彼の影響が嫌だ、別に良い、っていう議論がされて。そこでの蓮見さんの結論の出し方が、「みんな違って、みんないい」っていう形に留まらない終わり方で、一歩先に進む結論を出しているのがすごく良くて。なんでかというと、孫引きも孫引きですが、ホワイトヘッドという哲学者(を紹介する松岡正剛)の「人は誰かの読み方で本を読むし、誰かのしゃべり方でしゃべる。それが全部折り重なって、自分のオリジナルなんだ」みたいなものがあって、僕はとてもそれが好きなんです。他人が折り重なって自分になっているということを、あの演劇で言っている気がして。それは他人のコピーではなく、それこそがオリジナルなんだと。今作『ようこそ!FACT(東京S区第二支部)へ』(以下、『FACT』)でも、そういうのをやりたいなと思っているというか。この人の影響を受けたからダメとか、あの人の影響を受けなきゃダメじゃなくて、それらをすべてひっくるめて、全部が自分でしかないというか。誰のコピーもできるわけないっていうオリジナリティの出し方が腑に落ちる。完全に0から1を作るんじゃなくて、どこからどう光を当てるかっていうのがオリジナルなんじゃないのっていう。クサくない希望の出し方だなと思いました。

蓮見:普段やっていることだからかもしれないですね。お笑いを見すぎたし、誰の手垢も付いてないことをしている自信はないから。その気持ちをそのままぶち込んだのがあれで(笑)。

魚豊:それをああいう形で出せるのが蓮見さん、ダウの良さだなーと思いますね。逆張りじゃないのに、ベタでもないっていう。そういうところはすごく目指したい。

蓮見:いやぁ、うれしいな(笑)。でもそれこそ『FACT』でいうと、「恋をすること」ってセリフ、3回は出てくるじゃないですか。あのセリフを読んだとき、ビクッとなりました。あれも、もうないはずの展開だったのに。ここで言うんだ、と。意見としてベタなことが、あそこで出てくるっていう、組み立て方でスパイスになるっていうのはすごいですよね、あれはできないよ。

魚豊:恋って大事だと思うんですけど、言えないじゃないですか、言われすぎてるし。でも本来は全然、まだまだ必要な概念じゃないですか。青春とか恋とか。わざわざ若ぶらなくてもいいし、逆に成熟した感じで重々し過ぎなくてもいいし、大人が大人のまま、派手じゃなくても等身大で何かに頑張って、自分なりに戦っていれば、すごく青春だなと。ダウを見ても思うし。それは素敵なことだと思います。

蓮見:すごい漫画でした。

魚豊:いやぁ、ありがたい限りです。同人誌でやれよって内容を、出版社さんから出していただけて(笑)。


●「恋」と誰かの影響を受けることについて

轡田:話題にも出たので改めてうかがうのですが、魚豊さんは今作『FACT』のメインテーマにすえて、蓮見さんはコントのベースになっていることが多い、この「恋」という題材。実際、作品には自分の経験ってどれくらい入っているんでしょう?

蓮見:ベースは実体験な気がします。全然恋愛じゃない実体験から引っ張り出す時もありますしね。相手が女の人じゃなくても、今こう思われているだろうな、自分がこう言ったらかっこいいな、でも絶対言わないよな、と思ったことのリストアップを日常的にやっていて、癖でずっと考えています。

轡田:人と話しているときも、自分を主人公として話している姿をシミュレーションすると。

蓮見:そうですね、例えば今も魚豊さんと会話して、今の面白かったな、っていうことを恋愛に落とし込んだら一気にポップになるんです。

轡田:これはマジで恋の凄いところですよね。

蓮見:いや、本当にそうで。楽しくないものだった場合も、見ている人には楽しいじゃないですか。恋って、魔法のコンテンツなんですよ。俺は脚本では、恋とか、愛とか、好きとかをいかに言わないかで作るんです。だって実際は言わないし。言わないで作った時に、全部引いて見たら、恋愛の話になっているよね、っていう作り方になった時が一番気持ちいい。「デート」とは台本上で言ってないけど、絶対に付き合ってるなっていう会話が作れた時は、これは大したことだと自分で思います(笑)。

魚豊:恋ってモチーフがよく出てくるのは、やっぱり威力が増すから?

蓮見:それもあるし、友達のコントだとしてもノイズになっちゃう。これは見てる方が悪いとかでもなく、そういうものだから。

轡田:魚豊さんは逆にまったく描いてこなかったテーマではありますが、何を参考にしました?

魚豊:やっぱり蓮見さんの言っているように、実体験の、別の時に起こったことをこっちの文脈に接続することが多かったですね。 けど、いまだにわかっていないのが、あらゆるラブコメやラブストーリーにおいて、 その人が好きになられている理由ってなんなんだろうって、ラブコメのヒロイン(や王子様やその他の恋愛対象)として成立している理由がわからなくて。もちろんきっかけの描写はあります。恋に落ちるための展開はある。しかし考えてしまうとそれでその後の恋愛感情や行動を説明可能な感じがしない。他の感情、たとえば友情や尊敬、もしくは嫌悪なら「このくらいの描写だろう」とストンと腑に落ちる感覚があるんですが、”恋”って領域で考えると、なぜか迷うというか、「いや、この描写でいいのか…?」「もっと深く刺さったシーンしなければなのか…?」と、ラブコメをあまり読んだこともないし描いたこともなかったから、そこには悩みました。でも翻ったら当然というか、それが真理なんだですよね、多分。現実世界でも、最終的に恋の中に好きな理由はない。その外に、解釈するこちら側にあるんだと思います。そんな当たり前のことを遅ればせながら認識しました(笑)。

蓮見:『FACT』だと恋から始まってないじゃないですか。主人公が恋をする理由が。コレ本当は言っちゃいけないことになっていて、みんな隠しているんでしょうけど、「この人を好きになったから一緒にいるんです」じゃなくて、手前にツラいことがあって、だから恋をしなきゃ、っていう順番じゃないですか。その前提のメンタルがあったからかっちりハマりましたよ、っていう。だから俺はめっちゃ共感しちゃいましたね。

魚豊:それが陰謀論とも一緒というか。その前に理由があったんだっていう。それが嘘か本当かはわからないけど、実は真相があって…という発想の仕方が陰謀論と近いんですよね。蓮見さんの脚本では情けない系の主人公が多いですけど、ああいうのはどこから発想を?

蓮見:脚本の流れを雑にまとめると、「主人公が、何か変わる」んです。で、実際に変わったのを見たことがある人を題材にしようと極力思っています。そこに嘘があっちゃいけないから。俺の台本はセリフが多いってよく言われるんですけど、それは自分が他者との会話の中で変わってきた人を見てきたからだと思います。「この人、絶対昔からこういうしゃべり方だったわけじゃないよな」っていう。あとは、いかにお客さんがまだ「この人は変わったんだ」と気付いていない人を舞台上に連れてこられるか。とあるいい人がいたとして、みんな当たり前のようにいい人だな、と思いつつ、それはトラウマや誰かの影響があってそうなっているかもしれない。気付かれていないけど変化があった人。ざっくり言うと「この人主人公みたいだな」と思う人、かもしれないですね。

魚豊:でもそれは=格好いい人、ではないわけですもんね?変な人にも感じるし。

蓮見:変な人のほうが感じますね、なんでこうなったの???っていう。

魚豊:しゃべり方が重要、ってのは僕も今作でめっちゃ思って。「言語論的転回」って考え方があって、その人の話す言葉の限界が、その人の世界の限界になっている、っていう。イギリスには雨が多いから雨を表す言葉が多くて、肩こりを表す言葉のない国にはそもそも肩こりの概念がない、とか。習慣と語彙はすごく結びつくから、それを意識して作りましたね。その上で、個人はしゃべり方を変えていけるっていう理想を込めたかった。常に変更、改変していける。固定化しないで他人を混ぜ込めると信じたくて、そうであればいいなと思います。

蓮見:お客さんの知り合いの中で誰か一人は主人公みたいなヤツが周りにいてくれ、と思っていますね。『FACT』の主人公みたいな人も、こういう人いるなーとみんな思ってるんじゃないですか?序盤のシーンも、あそこまでしないまでも過去の栄光にすがるのとかみんな心当たりあると思いますよ。

魚豊:ありがとうございます(笑)。 逆になんですけど、ウケなくていい言葉とか、傷つけたい言葉って脚本に入れますか?

蓮見:ありますあります、あなたの過去のトラウマがほじくり返されてぐちゃぐちゃになってしまえ、ってセリフが。

魚豊:なぜそんなことを?(笑)

蓮見:没入感ですね。忘れられなくしたい。面白い演劇はたくさんあるし、笑わせることに限ればコントの4分間に勝てなかったりもする。だから、何か忘れさせないものを植えつける。 お金払って来てくれた人には、何かの間違いで人生狂ってくれと思っています。

魚豊:それは消費させないことにもつながりますしね。

蓮見:それでよくない方に転んでも知ったこっちゃなくて(笑)。でもそういう特徴があると、お互い名前を伏せて脚本や漫画を描いても、誰が描いたかばれそうですよね。

轡田:めちゃくちゃそうだと思いますよ、見分けられる自信あります(笑)。魚豊さんについていえば、ファンの方が「魚豊さん節」と呼ぶ、魚豊さんがキャラに託して伝えたいことを話すセリフがありますよね。

蓮見:魚豊さんは根性論でサボらないからいいですよね(笑)。「努力で強くなったから倒しました」をやらないというか。漫画ではやっていい手法だと思うんですけど。

魚豊:そこは意識しているところでもありますね。 逆に悪いことを描くときも、「誰かストレスキャラが足を引っ張ったせいでこうなった」とは作らずに、「みんなが頑張って成功を最大化させようとした結果、残念ながらこうなった」という風に描写しようと心がけてます。

蓮見:なるほど、だからこそより嫌なシーンに見えるんですね。帰ったら鏡が割れてるシーンも。最悪(笑)。

魚豊:それはありがたい感想ですね(笑)。

蓮見:シンプルに気になるんですけど、陰謀論の信者を作っていくテクニックが垣間見えるじゃないですか、帽子を渡すとか。あれって取材をしたんですか?発想としてあったんですか?

魚豊:ミックスなんですけど、取材からわかっていることが多いですね。 最初にこの企画を立てた時は描けるのかな、と思っていました。恋愛も陰謀論も詳しいわけではないので。でも調べていったら、興味深いことがたくさんあって。いや恋愛の方は調べるものではないと思いますが…(笑)

蓮見:説得力がすごくあるし、ないと意味がないですよね。描くのには相当なリスキーな作品だなと思います。

魚豊:それでいて、最終的には”ショボさ”に行き着きたいと思っていました。ショボさを、本当に底抜けの情けなさでもって描きたいという、そういうクライマックスの展開を描きたいというのがありました。あれのために、すべて積み重ねて(笑)。

蓮見:最終話あたりは本当に凄い。やばかったマジで…!でも最後の最後、ちょっとだけカッコよくもあった。最後は怒濤でしたね、本当に。

魚豊:露悪的にならないよう、意識しました。

蓮見:ちょっとでもずれたら「はいはい」って感じになっちゃいますもんね。

魚豊:でも、これは本当にダウ90000から影響を受けたなという部分があって。 いきなり告白するネタを見て、あれは絶対に入れようと思っていました。

蓮見:あー!あれはお気に入りのネタですね。

魚豊:衝撃受けましたね。いきなり告白しちゃう面白さというか。 いろいろ言葉の価値がなくなっているけど、「好きです、付き合ってください」にはまだ言葉として価値を持っているというか。

蓮見:いやぁ、うれしいです(笑)。

 3時間弱途切れなく白熱した対談は、次のお仕事のためここでお開きに。

 『ようこそ!FACT(東京S区第二支部)へ』1〜3巻は発売中!!
最終第4巻は2024年9月発売予定!こちらもお見逃しなく!!

商品概要は以下のとおり。
魚豊『ようこそ!FACT(東京S区第二支部)へ』1・2・3巻
判型:B6判/各208ページ
定価:1巻・715円(税込)、2巻・792円(税込)、3巻・792円(税込)
電子版:価格は各販売サイトでご確認ください。

6月24日まで本作や『チ。』などが無料試し読みできる「『ようこそ!FACT(東京S区第二支部)へ』新刊配信! 1歩間違えれば闇の世界へ… アンダーグラウンドマンガフェア!」実施中!!

 『ようこそ!FACT(東京S区第二支部)へ』最新3巻の発売&配信を記念した無料試し読みキャンペーンを、「小学館eコミックストア」ほか主要電子書店各社で6月24日まで実施中!!
対象作品は以下のとおり。

魚豊『ようこそ!FACT(東京S区第二支部)へ』
魚豊『チ。―地球の運動について―』
MITA+太田羊羹『ヒト喰イ』
MITA+太田羊羹『ヒトクイ-origin-』
MITA+吉宗『サツリクルート』
みやこかしわ+はらわたさいぞう『出会って5秒でバトル』
赤城大空+魔太郎+柚木N’『出会ってひと突きで絶頂除霊!@comic』
サザメ漬け『恋に病み、愛を唄う』

 まだ見ぬ闇の世界へ飛び込んでみては。

■『ようこそ!FACT(東京S区第二支部)へ』最新3巻の試し読みはコチラ
https://sc-portal.tameshiyo.me/9784098533879
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